大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)13108号 判決

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1ないし同3について

請求原因1ないし同3の各事実(同3のうち眺望阻害の程度に関する部分を除く。)は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、本件隣接マンションの建築により、従前は北アルプス連峰、北信五岳等を望むことができた本件マンションの六階南西角に位置する本件不動産の二部屋からの眺望が相当程度阻害されるに至り、その程度は、その南西角に存する洋室(LDK)については西側窓からの眺望の約三分の二、その北西角に存する和室については西側窓からの眺望の約二分の一である事実が認められる。

二  請求原因4について

1  右当事者間に争いがない事実に関係証拠(認定事実末尾に掲記)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  訴外株式会社山ノ内地域開発(以下「訴外山ノ内地域開発」という。)、訴外株式会社黒岩林産商事(以下「訴外黒岩林産」という。)、訴外長野ジャシイ株式会社等の関連会社グループ(以下「訴外会社グループ」という。)は、昭和六〇年ころから、本件マンション付近の土地を買収し、総合的リゾート開発を計画していた。

(二)  被告は、昭和六三年三月九日、訴外日本信託銀行株式会社の仲介で、訴外黒岩林産から本件敷地を買い受け、訴外山ノ内地域開発が既に取得していた建築確認の申請を間取り変更の関係で一旦取り下げた後、訴外山ノ内地域開発とともに、同年四月一四日、長野県建築主事に対し、改めて本件マンションの建築確認申請をし、同年六月三日、右確認を取得し、その後、本件マンションを建築を開始し、途中、設計の一部変更を経て、平成元年一一月、これを完成させた。

(三)  被告は、平成元年四月一四日、本件マンションの南側に存する湯田中ヘルスケアセンター(以下「本件保養施設」という。)を経営する訴外山ノ内地域開発に対し、本件敷地のうち北西側に存する部分(以下「本件土地部分」という。)について、本件保養施設利用者が通行の用に供するためとして、無償で使用させる旨約した。

なお、本件売買契約に際して原告に対し交付された重要事項説明書には、「駐車場の西側部分(幅員約五メートル)は、隣接する湯田中ヘルスケアセンター利用者の無償による通行を売主が承認していることを各買主は継承していただきます。」との記載があり、被告発行に係る本件マンションの宣伝パンフレット及び本件マンションの管理規約にも同旨の記載がある。

(四)  本件マンション付近の地域住民は、昭和六三年ころから、訴外会社グループとの間で、リゾートマンション建築に関する話し合いの場を持ち、平成元年六月一六日、マンション対策特別委員会(以下「本件委員会」という。)を設置していたが、同月二二日、本件マンションに続く第二、第三のリゾートマンション(第三のリゾートマンションが本件隣接マンションに該当する。)について建築確認申請が提出されていることを知るに至り、同年九月及び同年一二月、訴外会社グループから説明を受けたが、第三のマンションの建築については流動的とのことであり後記平成三年一月一三日の説明会に至るまで具体的な説明はなかつた。

(五)  本件委員会の委員長である訴外檀原利夫は、平成元年八月ころ、本件マンションの前記モデルルームにおける被告提携会社の現地係員との会話の際、右係員に対し、第二、第三のリゾートマンションの建築計画がある旨伝えたところ、右係員はその話は知らない旨述べた。

(六)  訴外東レ建設は、平成二年七月一八日に訴外会社グループ主催による本件委員会に対する説明会を経た後、同月二〇日から、本件保養施設の南側にリゾートマンション(前記の第二のリゾートマンションに該当する。)の建築を開始した。

(七)  訴外東レ建設は、平成二年八月三〇日、訴外山ノ内地域開発から、本件保養施設の駐車場となつていた本件敷地西側の土地を買い受け、平成三年一月一三日に訴外会社グループ主催による本件委員会に対する説明会を経た後、訴外山ノ内地域開発が平成元年六月二二日前に申請し平成元年七月二一日に取得していた本件土地部分付近を接道のための敷地とする建築確認に基づき、右土地に本件隣接マンションの建築を開始した。

なお、本件マンションの存する山ノ内町においては、平成元年六月二二日告示に係る「山ノ内町宅地開発及び中高層建築物指導要綱」(以下「本件要綱」という。)により、中高層建築物を建築する者は近隣関係者の同意を得るよう行政指導がされているが、右告示日前に、建築確認申請がされている建物については、その適用がないものとされている。

(八)  原告代表者は、平成二年七月ころ、新聞広告で本件マンションが分譲中であることを知り、被告からパンフレットの送付を受けた後、現地へ赴き、本件マンションの九階南西角に存し、かつ、本件不動産(六一〇号室)の直上に位置するモデルルーム(九一〇号室)を見学した。

(九)  原告代表者は、右に際し、被告提携会社の現地係員と「景色がいいですね。」旨の会話を交わし、右モデルルーム及びその直下に位置する物件の分譲状況について説明を求め、右係員から、七階以上に存する物件は売約済み等の理由で分譲ができず、六階に存する本件不動産であれば分譲可能である旨の回答を受けたが、近々に本件隣接マンションが建築予定であるとの説明はなかつた。

(一〇)  原告代表者は、平成二年九月初めころ、被告に対し、本件不動産を購入したい旨申し込み、同月一八日、本件売買契約を締結したが、その際に原告に交付された契約書等の書面には、本件不動産からの眺望についての記載はなく、被告担当者からも、近々に本件隣接マンションが建築予定であるとの説明はなかつた。

(一一)  被告は、右当時、本件マンションについて、パンフレット等により、本件マンションは志賀高原に隣する湯田中温泉郷に立地すること、本件マンションを基点にして、スキー、温泉、ハイキング等のリゾートメニューが楽しめること、本件マンションが存する長野県では、現在、冬季オリンピックを誘致中であり、観光、レジャー等の施設の整備が進められていること、本件マンションにはスキーロッカー室、露天風呂、和風庭園等の施設が存すること等を売り物として宣伝していたが、眺望の点は、湯田中温泉郷が北信五岳等を見渡す眺望に恵まれた温泉郷である程度の宣伝に止まつている。

2  原告は、本件売買契約には本件不動産からの眺望の良好性を保証する特約が存した旨主張する。

しかしながら、右1に認定のとおり、本件売買契約に関する契約書等に原告主張に係る特約の記載はなく、被告も、本件マンションからの眺望を特段売り物として宣伝していない上、本件全証拠によるも、本件売買契約締結に至る原被告間の接触の過程においても、原告代表者と被告提携会社の現地係員との間に「景色がいいですね。」旨の会話が存し、原告代表者が本件マンションの南西角の物件の分譲状況について説明を求めた以上の事実を認めることは困難である。

しかも、本件マンションがいわゆるリゾートマンションであるとしても、そのリゾートマンションとしての価値は、単に、各室からの眺望のみならず、マンション周辺の自然環境及びレジャー施設、大都市からのアクセスの容易性、マンション自体の設備の内容、各室の間取り等種々の要素により決定され、かつ、右のような要素のいずれに重きを置くかは購入者の主観に大きく左右されるものであり、また、眺望自体、その性質上、周囲の環境の変化に伴い不断に変化するものであつて、永久的かつ独占的にこれを享受し得るものとはいい難いところである。

以上の認定説示にかんがみれば、明示であると黙示であるとを問わず、原告主張に係る特約の存在を肯認することは困難というほかなく、請求原因4(一)の債務不履行(特約違反)の主張は理由がない。

3  さらに、原告は、被告は、本件不動産からの眺望を阻害する本件隣接マンションの建築計画が進行中である事実を知り、又は容易に知ることが可能であつたのに、契約締結上の付随的義務に違反し、原告に対し、右事実を告知しなかつた旨主張する。

そして、右2に説示のとおり、リゾートマンションの一室たる本件不動産においては、そこからの眺望にも一定の価値があり、これに重きを置いて購入を決意する顧客がいることは容易に推測することができるから、本件不動産のように現に相当な眺望を有する物件を売却するような場合において、近々にこれが阻害されるような事情が存するときは、これを知つている、又は、悪意と同視すべき重過失によりこれを知り得なかつた売主は、売買契約締結に際し、買主に対し、右事情を告知すべき信義則上の義務を有しているというべく、この義務に違反した売主は買主に対し債務不履行責任を負うものと解される。

これを本件についてみるに、<1> 本件マンション及び本件隣接マンションの建築は訴外会社グループが計画していた総合的リゾート開発の一部であり、これらの建築計画は後者が前者の跡を追う形で進行していたこと、<2> 被告は、訴外山ノ内地域開発に対し、本件隣接マンションの建築確認において接道のため必要とされた本件土地部分を無償で使用を許諾したこと、<3> 本件委員会は本件隣接マンション建築計画の情報を入手し、本件委員会の委員長が被告提携会社の現地係員に対しこのことを伝えたことは、前二1に認定のとおりである。

しかしながら、他方、被告の取締役兼不動産事業部長である証人押田伸二は、一貫して、被告は、本件売買契約締結当時、本件隣接マンションの建築計画を知らなかつた旨証言するところ、<1> 被告及び訴外東レ建設は、それぞれ、仲介業者を通じ、総合的リゾート開発を計画していた訴外会社グループから敷地を買い受けるなどして、個別に訴外会社グループの右計画を引き継いだこと(前二1に認定のとおり)、<2> 被告が訴外会社グループから交付を受けた本件敷地西側付近の図面には本件隣接マンション建築に関する記載はなく、かえつて、駐車場として表示されていること(《証拠略》によりこれを認める。)、<3> 公園設置の関係上、本件保養施設へ大型バスを通行させるため本件土地部分を供する必要性が現に存し(《証拠略》によりこれを認める。)、被告と訴外山ノ内地域開発との間の契約書、被告発行のパンフレット、本件マンションの管理規約にもその旨記載されていること(前二1に認定のとおり)、<4> 本件隣接マンションは本件要綱の適用を受けない建物であり、その建築に被告の同意は要求されていなかつたこと(前二1に認定のとおり)、<5> 被告は東京都に本店を置く会社である(《証拠略》によりこれを認める。)、地域住民と接触を有しているとは認め難いこと、<6> 本件委員会の委員長が被告提携会社の現地係員に対し本件隣接マンション建築計画について話したのは、未だその建築が流動的とされ具体的な説明がされていない段階においてであり、かつ、単に会話の一部において話題に上つたにすぎず(前二1に認定のとおり)、さらに、これが被告に伝わつた事実を認めるに足りる証拠はないことに照らせば、前記各事実から、被告が、本件売買契約締結当時、本件隣接マンションの建築計画を知つていたことを推認するのは困難であり、さらに、被告に右計画を知らなかつたことについて悪意と同視すべき重過失があつたということもできない。

したがつて、請求原因4(二)の債務不履行(告知義務違反)の主張も理由がない。

4  よつて、原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  請求原因5について

1  原告は、被告は、原告に対し、本件隣接マンションの建築計画が進行中である事実を秘するなどの欺罔行為を行い、本件売買契約を締結させた旨主張するが、右二3に認定説示するところによれば、右主張に理由がないことは明らかである。

2  さらに、原告は、本件売買契約の重要な要素である本件不動産からの眺望の点について錯誤があつた旨主張し、前二1に認定の事実によれば、原告代表者が本人尋問において供述するとおり、原告は、本件売買契約締結に際し、本件不動産からの眺望に相当程度重きを置き、これが近々阻害されることを予期せずして本件売買契約を締結した事実が窺われる。

しかしながら、前二2に説示のとおり、リゾートマンションとしての価値は、種々の要素により決定され、かつ、そのいずれに重きを置くかは購入者の主観に大きく左右されるものであり、また、眺望自体、その性質上、永久的かつ独占的にこれを享受し得るものとはいい難いことに照らせば、本件不動産からの眺望が原告の予期に反して阻害されるに至つたとしても、結局は、動機の錯誤というべく、右動機が意思表示の内容として表示されていた事実を認めるに足りる証拠のない本件においては、これが本件売買契約の錯誤無効を来すものとは解されないから、原告の前記主張は採用できない。

3  よつて、原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畑 一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例